最近の若い人は素晴らしい!(その17)

 相変わらず、薄汚れた大人たちが、恥知らずな無責任な行動をとり続けています。政府は反日亡国グループに支援されて、いつになっても選挙の責任を取ろうとせず、いつまでも反トランプ・媚中・親グローバルな政策を続けており、愚かにも、嘗て安倍元首相が声を大にしていた「台湾有事は日本有事」という政策を「台湾有事に巻き込まれないために」などという耳さわりの良い亡国政策にすり替えようとまでしています。そして、オールドメディアは相変わらず知られたくないことを報道せず、知られないように偏向報道して彼らの背後にある勢力が製作するプロパガンダを垂れ流し続けています。

 そのようなくだらない大人たちが跳梁跋扈する日本でも、素晴らしき若者は沢山います。皆さんご承知のとおり、あの変節の反日亡国新聞が主催するものの、日本の熱血少年が集い熱戦を繰り広げる全国夏の全国高校学校野球選手権大会(略して「夏の甲子園」)が開催されました。毎年これを楽しみにしてご覧になった皆様も多かったことと拝察いたします。

 今年の「夏の甲子園」も感動のドラマが沢山あり、思わず眼がしらが熱くなるシーンもございましたが、愁伯は公立の県立岐阜商業の活躍、特に、ハンディキャップを持っても懸命に努力を続けて甲子園のベンチ入りを果たしたライト横山君の活躍とそのモチベーションの在処に感涙させられました。

 以下は、あまり好きではないNHKWebに載せてあったものですが、素晴らしい横山君のことばなので御存じだとは思いながらも紹介させていただきます。

 「いかにみんなと一緒、変わらずにできるかを意識して、左手以外の部位は、皆に負けないように鍛えましたし、右腕は腕2本分を補えるように鍛えました。」

 「甲子園は観客も多くて注目される大きな舞台で憧れ。ここで活躍して、自分と同じような境遇の子どもたちにもやればできるんだと教えてあげたいです。」

 「家族や周囲の人がいっぱい応援してくれて、支えてもらったので、自分の活躍を見てもらえてとてもうれしいです。まだまだ甲子園で活躍して自分のように障害があっても周りのみんなに負けないプレーができるところを示していきたいです。」

 どうでしょうか、説明は不要ですね。きっと、将来に希望を持つことができた少年少女が増えたことでしょう。やはり最近の若い人は素晴らしいですよね。

 ところで、先日終戦記念日にあたり紹介したことでその後ふと思い出したことがありましたので再度お話しします。

 私の伯父の生家は北九州市の八幡製鉄所の近くで運送業を営んでいますが(元々その母方即ち私の祖母にあたる家系が、佐賀の鍋島藩の家中で、明治維新後洞海湾地区の開発に際して佐賀からそちらに移住し海運業を始めたとのことです。)、その伯父が、ずっと昔、私が幼少の頃に話してくれたことです。(否、私の夢の中(いまでも御健勝です。)だったかもしれません。)大東亜戦争中、病弱な祖父は、朝鮮半島北部にある八幡製鉄所に務めていたため、伯母や伯父や父も含みその家族は一緒にそこで暮らしていたのですが、伯父は高校受験の時期が近づいたので、内地の生家に戻り、生家の家業を手伝いながら受験準備をしたそうです。その時期に北九州市への米軍B29による無差別攻撃を受けたということです。B29から落とされる爆弾の雨とそれにより発生した火災がその生家から少し離れた伯父たちの嘗ての自宅の付近を覆いつくし、今にも生家の海運倉庫に迫ろうとしたときに、不思議なことに何故か爆弾投下が突然止まり、その海運倉庫は消失を免れたので、皆で消火活動と負傷者の救出に回ったというのです。そのような概要のお話でした。(一方、伯母や父の終戦後の朝鮮半島からの逃避行については既に別葉にてお話し済みです。)この話を聞いた時の私は、『そんなこともあるのだな。米軍で何か急な任務変更があったのだろうか。』くらいにしか思っていなかったのですが、先日、北九州市八幡西区折尾南2号公園の一角の森の中にひっそりと佇んでいる「体当たり勇士の碑」を訪れ、1944年8月20日北九州に来襲したアメリカのB29編隊80機編隊に対して小月飛行場から迎撃に向かった野辺重夫軍曹(23歳)と高木伝蔵兵長(19歳)のという大変若い2人が登場した戦闘機1機が体当たり攻撃をおこない爆撃機2機を同時に墜落させ散華されたこと知ることになり、この史実が伯父の話と繋がることになったため、ふと思い出すことに至ったのでしょう。

 お導きだと思いますが、今も昔も若い素晴らしい人たちに世の中は支えられて、私たちは生きていくことができるのだなと痛感します。

 素晴らしい若い人たちに感謝せずにはいられません。

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