連日、甲子園で我らの日本男児が熱戦を繰り広げてくれており、なんとも嬉しい限りですが、そんな中、先日、女子中学生の孫が柔道の県大会を応援に行くというので、送迎を買って出て一緒に見学をしました。選手の皆が一生懸命に取り組んでいる姿はとても清々しいものでしたが、少し違和感があったことを紹介します。それは、対戦する選手たちが試合の直前に整列して相互に礼を行った後に主賓席がある正面に正対して礼を行うのですがその際に答礼を行う人が誰もいなかったことです。選手たちは誰に礼をしているのでしょうか?神棚か国旗があれば、当然それが受礼点となるのでしょうが、主賓席の方々はそれぞれ思い思いのことをしており、談笑さえしている始末です。「そのような席に向かって礼をさせることは不要だ。」と思うのは愁伯だけでしょうか?本質的な理解もなく、どこでも同じことを漫然とこなす、マンネリ教育の最たるものだと思えます。必要だというのなら、主賓のどなたかが答礼するか、相応しい受礼点を設置するべきではあにでしょうか。
加えて、引率の先生が何のために来ているのか良くわからないことも違和感の材料でした。というのは、試合の順番を待つ選手たちは、観客席から見渡せる試合会場東側半分の青畳と同じフロアの西側半分の床で待機をしており、試合が昼休みなく続けられたため食事は殆どの選手がとっていないような様子でしたが、一部にはお弁当を食べている人もあり、選手個人の計画で食事をしているようでした。そんな中、見かねた孫の上級生にあたる選手の応援の母親が引率の教員に「待機場所で食事をとっている学生もいるようですが、私たちは食事ができるということを聞いてはいません。でも、昼を過ぎると子供達もお腹が減るだろうと思って、コンビニでお握りを買ってきたので、持って行ってよろしいですか?」と尋ねたところ、「あの場所は選手しか入れませんので、それはできません。」と教員は答えたのでした。更に、母親は、「だったら、あの選手はどうやってお握りを食べることができたのですか?」と問いただしたのに対し、教員は「それはわかりません。各父兄の計画ですから。」と全く頓珍漢な無責任感極まりない対応をしたのです。それに対し、母親は、「一次予選のリーグ戦での敗退が決まったのだから、試合会場の出口で待って、出て来た時にお握りを手渡します。」と言って、その場を後にしました。
それらの様子を眺め、そのやり取りを近くで聞いていた愁伯が懐いたこれらの違和感は、辺野古抗議船転覆事故に遭遇した生徒達の引率教員が全く何もしていなかった光景に繋がったために生じたものでした。日本を壊そうとしてきたGHQやその敗戦利得者である日教組たちが主導した誤ったマンネリ教育が、このような教員を蔓延させて、教育の現場を荒廃させてしまったのだと痛感させられ、日本人の大人として忸怩たる思いに苛まれました。(もちろん、立派な教員もおられることでしょうが。)
しかしながら、一方では、少しずつ日本は確実にこの戦後の失った言語空間と失った大和心を回復してきていると思える事象も起きてきています。SNS等で若い人達やインフルエンサーが愁伯と同じような立ち位置と考え方で情報や意見を発信してくれていることは先日お話しした通りですが、最近の特に大きな事象は、戦没記念日に靖国神社に参拝する若い人たちが非常に多くなってきたということです。この時期その周りでは、毎年、CHINAに基盤を付与された反日売国媚中グループとそのバイト仲間による反対活動が行われていますが、その活動に全く煩わされることなく参拝のために猛暑の中を数時間に亘り列を成している方々が本当にたくさんおられ、加えてその反対行動を非難する声を上げる人たちの方がマジョリティーになって来ているということです。地方の護国神社でも若参拝する人たちの姿を大変多く見かけるようになってきています。このような光景は、ここ20~30年くらいで徐々に増加して来たのですが、最近になってその増加傾向が二次級数的に顕著になって来ていると感じます。
反日売国媚中親グロの政治家・論客・学者・経済人及びマスゴミ等が相変わらずCHINAの認知戦の一翼を担ってフェークニュースを垂れ流し、プロパガンダを行っている中で、このような若い人々の覚醒が起きていることはたいへんうれしい限りです。
やはり、最近の若い者は素晴らしいですね。来年の統一地方選挙では、好ましくない政治家特に、やくざのような福岡県議会自民党議員や認知戦に協力している政党の議員を必ず落選させましょうね。最近の若い人たちの選挙権行使と良識ある選択が望まれています。

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